2005年3月6日

(TEXT)ぼうけんのたび (作者: (あ))


 庄子のキスはいやらしかった。いや、キスとは本来そういうもので、唇が重
なってしまった以上、それが今までの関係――お互いにケータイの番号を教え
あったことや、それから発展して彼女の家へと招待されたこと――よりも重大
な意味を持つことは明らかだった。庄子はずっと目をつぶっていたけれど、舌
だけは機敏に動かしていた。僕の舌を求めるように。
 ためらいがなかったといえば嘘になる。二人は立った状態でキスしていて、
僕は左手を庄子の腰に回していた。右手は彼女の頬を触っていたのだが、意を
決して胸へと転進させる。するとそこで僕は思いがけない弾力を感じた。
 けれども次の瞬間、庄子は唇と体を逃げるように離したのだ。
「ねえ、佐々木、今どういう状況か分かってる?」
 こちらを見つめながら庄子が問う。僕は答える。
「庄子の家に呼ばれて、庄子とキスして、庄子の胸を触ったらノーブラだっ
た」
「大事なところが間違っているんだけど。もしくはわざと忘れている? 私の
名字はもう庄子ではなくて、早坂。さっき説明したでしょう」
 なぜか僕らは名字で呼び合っている。
 元・庄子、現・早坂はソファーに座るよう僕を促した。その後、避難させて
おいたトレーをコーヒーテーブルへと運んだ。実のところ、トレーを持ってキ
ッチンから出てきた早坂に、僕がキスを仕掛けたのだった。
「少しさめちゃったかもしれないけど」
 僕の向かいに座って早坂は言う。
「いや、まあ……。いただきます」
 テーブルの上に置かれたばかりのカップを、僕は手に取る。独特の香り。
アールグレイ。
「佐々木、一時期紅茶に凝ってたなあ、と思って」
 いやいや、あれは女子――特に庄子――にモテたくてやっていただけで。恋
愛経験のない男子高校生の恥ずかしい所業だから、今更蒸し返さないでいただ
きたい。話題を変えたかったけれど、どう持って行ったらいいか分からなかっ
たので、僕は天井を向いて黙ってゆっくりと飲み続けた。やがておもむろにカ
ップを下げながら早坂の様子をうかがうと、早坂もまさに同じ体勢でこちらを
見ている!
「ねえ、佐々木、どうするの、これから?」
 カップの中身が少なくなってきたころ、再び早坂が問う。冷静に飲んでいる
場合ではなく、まして茶葉について語る局面ではないことも歴然としている。
「さあ、どうしようか」
「ハッキリ!」
 とても見事な高校時代の英語教師のモノマネだったが、それに感心してはい
られない。
「カオリとセックス、したい」
 努めて平然と言ってみた。今の僕の姿はどう映っているだろう?
「私も」
 けれども早坂カオリはハッキリとは言わなかった。ちっ、人妻め。

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