2008年7月27日

(HK)暑いなか、リトルリーグの試合を見ました。

 先週こちらは大変よく晴れて、連日35℃近くまで上がっていました。ちょうど一週間前の日曜日もとても暑い日でした。その日、私はリトルリーグの野球の試合を観戦に行きました。


 行われていたのはアジア・パシフィック・トーナメント2008というもので、アメリカで行われるチャンピオンシップの代表を決める大会です。アジアと名のつく大会ですが、日本は少年野球の強国なので独自に代表を送ることができるため、それ以外の近隣の各国の代表が集まりました。日本で言うところの中学一年生ぐらいが上限の年齢でした。
 その中で私は香港代表の応援をしていました。日曜日、香港はタイと対戦しました。


 香港代表は混成チームです。香港のリトルリーグの中から優れた選手を選び出し、この大会のために練習を重ねてきたそうです。リトルリーグには色々な国籍・人種のチームがあるので、香港代表も自然と多国籍というか多人種な顔ぶれになりました。タイ戦では欧米系の速球派投手が先発しました。中国人っぽい選手がホームランを打ったり、日本の名字の選手がセーフティバントを決めたり、カオス的な面白さがありました。そして打線の爆発でタイに10:4で勝利しました。


 一方タイ代表はというと、見た感じでは半分以上が日本人っぽいラインナップでした。タイには日本人家族がたくさん駐在している一方、当地では残念ながら野球は盛んではないのでしょう。多分競技レベルも高くなくて。私が見た限りではインドネシア代表もそんな感じでした。


 結局香港代表はグループリーグでライバルと目されていた韓国・台湾を下し、全勝でアメリカへの切符をかけて決勝戦へと進みました。最後の試合は木曜日、対グアムでした。しかし残念ながら、ここで香港代表は敗れてしまったのです。


 一試合観戦したときに、私は混成チームの面白さをプレイ以外にも感じることができました。ピンチになったときに欧米系ピッチャーに日本人野手が駆け寄って励ましたり、グラウンド外では選手の活躍に感動して色々な人種の親たちが一緒に喜び合っていたり。私は一観客で香港リトルリーグの関係者ではなかったので、遠目で様子を見ていただけでしたが、そういうコミュニケーションが長く続けばいいな、と思ったのです。
 アメリカまでその空気を持っていくことはできませんでした。けれども選手にとっては貴重な体験になったことでしょう。国際交流というと大きなお題目になってしまって、正直私にはよく分かりません。でもこういうのは本当にいいと感じました。
 来年も期待しています。

2008年7月10日

(HK)やっぱり千昌夫であっていた、および『紅日』について

 いつまでも自分が最年少ということはなく、最近はもっと若い人が香港に来ています。そんな二人を連れて街に向かいました。一人は香港に来て日が浅かったので、観光客もよく訪れる屋台街に行くことにしました。明らかなニセモノだとか意味の分からないみやげ物だとか冷やかしながら通り抜けていくと、公園に出ました。スピーカーから音楽を流れています。お年寄りがそれにあわせて踊っています。聞いたことのある音楽です。

「これって、『北国の春』だよね」

 私は「日本の歌って、よくこっちの歌手がカバーするんだよね」という返事を用意しつつ問いかけたところ、何と二人とも『北国の春』を認識しませんでした。ショックのあまり、流れてくるメロディーに合わせてさびの部分を歌ってしまいました。
 確かに私は二人より年上です。けれども、だからといって私だってリアルタイムでその曲を聴いたわけではないし、別に昭和歌謡が好きなわけでもないし。でも知っていても不思議ではないぐらいのメジャーな曲だと思うのですが。
 この後「誰の歌でしたっけ」という話になり、私は自信はなかったのですが「千昌夫じゃない?」と答えたのです。どうやら正解だったようです。

 昔のことを思い出したので書きます。

 日本のバラエティ番組に、外人さんの反応を見て楽しむというジャンルがあると思います。外人さん本人はいたってまじめなのですが、文化の差が笑いにつながります。ここ香港で、部署の忘年会という小さな場ではありましたが、私は外人としてその手の企画に出たことがあります。

 ヘッドフォンをさせられ、広東語の歌を聞かされました。広東語は分からないのにも関わらず、曲に合わせて歌えという指示がでました。私は早口な歌詞を聞き取り、それっぽく口にします。当然何を言っているか分からない状態になり、周りで見ている香港の人たちは大盛り上がりでした。「日本人が何という歌を歌っているかあてるゲーム」です。盛り上がったのはお金をかけているからです。

 何曲か適当に歌い、不思議と楽しい気持ちになってきました。注目されていたせいでしょうか。そんな時流れてきたのが『紅日』です。大事MANブラザーズバンドの『それが大事』を、黄色い髪でおなじみ李克勤がカバーしたものです。

 歌いました。日本語で、一語一語はっきりと、自分に言い聞かせるように。投げ出さないことと逃げ出さないことの順番が分かりませんでしたが構わずに。

 私はひねくれた人間です。例えば(いきなり飛びますが)『世界で一つだけの花』が好きではありません。かつて酔った上司がそれを歌い、それだけならまだしも「さあ一緒に歌おう」と私をステージに引っ張っていこうとするものだから、瞬時に無言で腕を組んで寝たふりをしたぐらいです。今思い起こしても腹が立ちます。そもそもその歌詞の趣旨からすると、他人に同調を求める行動はありえないと思うのですが。

 そういうわけで、個人的に『それが大事』はありえない選曲なのですが、その局面では本当に楽しく歌えました。歌いながら香港にいる自分を感傷的に見つめなおしてみたり、なんだかありがちですが。完全に自分の歌声に酔っていました。

2008年7月6日

(HK)香港は7月1日が休みで、アメリカは7月4日が独立記念日で。

 愛用している無印良品のカレンダーには複数の国の休日が記されているので、そのことを思い出したのですが。独立記念日といえばホットドッグです。小林さんが今年も出場して、準優勝だったそうです。

 数年前に小林さんは香港の大食い大会に招かれたことがあって、その際に子供と一緒に見に行きました。私が着いた時には試合は終わっており、小林さんはインタビューを受けていました。その内容は記憶に残るようなものではありませんでしたし、私自身別に大食いに興味があるわけでもありませんが、それから小林さんは気になる存在になりました。信念を持って競技を続けている、そう感じて、その一点のみ強く興味を惹かれたのです。

 去年小林さんは連覇を阻まれました。あごの関節症が明らかになったり、リバースしてしまったことが面白おかしく取り上げられたりもしました。
 独立記念日に気付いた私は、今週彼のブログを訪ねたのです。今年も出場すると書いた記事を見つけたときには、少し興奮して高速に文を追いかけてしまい、読解が追いつきませんでした。
 冷静に読み直してみると、改めて彼の信念に触れられる個所がありました。今年はルール改正があって、制限時間が12分から10分へと2分短縮されたそうです。小林さんは昔の自分と比べられなくなる、とその変更を非常に残念がっていました。その姿勢はまさに、スポーツ選手のそれと同じだと感じました。
 今年の試合は去年のチャンピオンとの死闘になり、規定の10分で決着がつかず、プレーオフになって最後小林さんは敗れてしまいました。残念な結果ですが「全力でやった気持ちよさがある」と記事にはあります。そうなんだろうなあ、と思います。

 この一連の小林さんの活動について、私は信念がある、と考えています。一方、猛烈に話はすっ飛びますが、インターネット上では、ただ単にギャラ目当てだと見下したり、そもそも大食いなんて倫理的に間違っていると批判したりする風潮があるような気がします。悪口のほうが幅を利かせるメディアなんでしょう。
 それよりも自分は、どちらかといえばポジティブに評価したいし、多様な考え方を受け入れたいし、インターネットもそういう場所であってもらいたいと思います。

2008年7月1日

(HK)香港特別行政区成立記念日

 というわけでお休みです。今日は晴れたので外のプールに行きました。

 でもやっぱり今年は雨が多いような気がします。この前なんかは台風直撃でシグナルが出て、会社も休みになったぐらいです。