2010年7月1日

[HK]パラグアイ戦を見た、および記憶のこと

 有料のテレビがワールドカップの放映権を買ったので、今回、香港の地上波では試合は放映されないのです。早い時間帯だったオランダ戦は、テキスト速報とTwitterを眺めて、それで満足していました。
 昨日のパラグアイ戦も、その程度のつもりだったのですが……前・後半を0-0で終えたとき、「これは実際に見届けないと!」と感じ、近くのショッピングセンターに走りました。今、香港のあちこちのショッピングセンターで、ワールドカップを見ることができます。有料テレビをとっていない「難民」のために、特別に大きいスクリーンを用意して試合を放映しているのです。

 その会場に着いた時には延長が始まっていました。二、三百人はいたと思います。用意されたイスは足りず、みんな立って見ています。街頭テレビ状態。みんな声を上げたり、拍手したり、思い思いの観戦スタイルでした。うれしかったのは、香港の人たちがどちらかというと日本チームを応援してくれていたことです。パラグアイの狡猾なプレイがVTRで流れた際は憤慨している様子でしたし、南アの客席で念を送る日本人応援団が映し出された時には、まねをしている人もいました。
 何より、本田と遠藤に対してはコールが起こりました。本田はすごいプレーをしているということと、加えて「Honda」になじみがあるのでしょう、かなりの認知度でした。遠藤の場合は、背中の「ENDO」が読みやすい、そんな理由も大きいかもしれません。ローマ字の日本語名、9文字にも10文字にもなると、ぱっと見て読めて覚えられる外国人は少ないと思います。


会場には数百人ぐらい。前列で日本人サッカー少年たちが、日本語で応援していました。負けはしましたが、記憶に留めておいてほしい、勝手にそう思いました。
http://twitter.com/toomuchpopcorn/status/17348838792



 最近「記憶」が気になっています。年をとった、と考えるのは非常に嫌なのですが、しかし、昔のことを思い出すことが多くなったような気がします――ただ単にそういう性格なのかもしれませんが。
 単なる物事が「何か」と化学変化して「記憶」になっている、だから「記憶」=「事実」じゃないんだよなあ……まだうまく言葉にできない、そんな現状です。

2010年6月19日

昔話

 日本の会社で働いているとき、毎日昼休みにサッカーをしていました。今となっては想像できないことです。

 昼食を食べるとグラウンドに移動します。十人ぐらい集まったらすぐに試合開始です。チーム分けは決まっていて、若手チームとおじさんチームでした。真ん中あたりの年代の人が日によって若手に行ったりおじさんに行ったりして、人数の調整をしていました。私はいつも若手チームでした。そして敵チームには上司がいました。……何かすごい、としみじみ思います。

 技術はまるで無いものの、それなりに走り回る体力があったあの当時、若手チームでなりふり構わずにボールを追いかけるのが自分の役目でした。一方、おじさんチームのほうは体力をテクニックでカバーするというプレイスタイルだったような気がします。ある時私は自陣で守備をやっていました。そこに上司が走りこんできて、それに合わせるように遠くからパスが来ました。瞬間、私は上司の進路を妨害して、パスが通ることのないように――自分と同じチームの人がボールをクリアできるようにしました。
「どうしてボールを追わないんだよ!」
 上司のチャンスがつぶれた後、なぜか厳しく追及されました。

 試合中の掛け声のことも思い出します。
 不思議な伝統みたいなものが昼休みサッカーにあって、プレイヤーがゴール近くのいいところまで攻め込むと、味方が「最後まで!」と大きな声で応援するのです。「打て!」とか「シュート!」とかもあったはずで、それはわかるのですが、「最後まで!」って……。当時違和感があって、それで今でも強い印象が残っています。

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 ということで、細かいポイント勘定などは置いておいて、とりあえず日本代表には「最後まで!」という応援をしたい、と思います。